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執筆者の写真Asian Commons

アジア法律家交流会第1回目「ドメスティック・バイオレンスに関する勉強会」

2022年3月16日、アジアの弁護士や専門家が情報交換や知識を共有することを目的とした東京大学主催のオンライン交流会にALNのメンバーが参加しました。初回は、ドメスティック・バイオレンス(DV)をテーマにした勉強会でした。


日本からは、子どもや女性への被害・加害を研究テーマとする刑事法の専門家である後藤弘子先生に講師として参加頂き、日本におけるDVの現状や課題をテーマに講義をして頂きました。また、女性の権利を専門とする雪田樹理弁護士にも質疑応答セッションに参加頂き、実務上の経験を共有して頂きました。同じ弁護士として性犯罪を扱う中国からの参加者たちからも、中国における現状が共有され、多くの質問が寄せられて、とても実りのある交流会となりました。


以下は、講義と質疑応答の内容をまとめたものです。

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日本におけるDV

2020年の内閣府による調査結果によると、配偶者から何度も被害に遭った割合は、女性が男性の約2.5倍であった。現在の日本 のDV政策は、全てこの調査結果を基にしている。また、統計では、配偶者からの暴力で命の危険を感じるのは女性の方が多いということもわかっている。


パンデミック以来

新型コロナパンデミックになって以来、国がジェンダーに基づく暴力に注目して、様々な政策をしている。DVに関しては、コロナ禍で家にいることが増え、新しいDV相談体制が2020年4月20日から導入されて拡充された。これは、比較的早い対応だったといえる。また、「DV相談ナビダイヤル」が開設され、電話・メール・SNS(LINE)で10か国くらいの言語で対応可能な相談体制もできた。DV相談件数の推移を見ると、相談しやすい仕組みをつくると相談件数が増えるということが分かる。他の相談件数の推移も増加を示すが、なぜDV相談が増えたかに関する研究はまだ十分には行われていない。


DVが犯罪になりにくい理由

DVが犯罪になりにくい理由としては、日本の場合、まずDV罪という犯罪類型がないことだ。したがって、夫が妻に暴力を振るった場合は、DV罪ではなく、脅迫、傷害、など一連の行為ではなく、一部の行為に焦点を当てて該当する罪が用いられる。


警察が暴力の事案として検挙した数は、10年前から増え始めており、一番多いのは「暴行罪」である。警察の介入ケースの被害者年齢は、30代、20代、40代の順でトップを占めており、加害者年齢も30代、40代、20代の順でトップを占めている。


警察は、今では、恋愛関係のもつれに関する事案等は、人身関連事案としてかなり介入を強化している。 2013年から夫・恋人からの暴力は「法的にストーカーとDVの両方に該当することがある」ということが明確化され、警察に何ができるか、援助の申し出などを警察が対応するべきか、などが検討され始めた。警察以外に、配偶者暴力相談支援センター(以下DV支援センター)などの役割も明確化された。警察はいろいろ取り組んでいるが、検察が起訴してくれないケースが多いのが問題だ。


DVが犯罪としてあまり認知されてこなかった理由

文化・社会的な背景としては、「法は家庭に入らず」という家父長制的・教会法を背景にした格言の維持が大きな理由として挙げられる。しかし、最大の要因は何といっても、被害者もDVを認識するのが困難な点である。もちろん、加害者は当然DVは犯罪だと思っていない。加害者はジェンダーに対する理解が乏しく、実際、従来の考え方に支配されている人たちが加害者となるケースが多い。犯罪は外(街中)で起こる、という考え方がまだまだ根強く、政策を作る人たちさえもそういう考え方が多い。


加えて、DVは一連の流れの行為形態にもかかわらず、一連の犯罪を刑法で捉えきれないという問題もある。また、DV被害者に対する支援が充分でないのも問題だ。DVと児童虐待の事件が目立ち始めてきてからは、たとえDV犯罪と見做されても、支援する人たちがDVと児童虐待を切り離して考えている傾向がある。政府も含めて、女性の人権を守るという視点は全体的にとても弱いと言えるし、メディアもDVの権力・支配関係をあまり理解してないのが記事に見て取れる。


DVに関する対策

日本は基本的に、アメリカ的なものを導入している。ストーカー規制法は2000年、配偶者暴力防止法が2001年に成立した。支援は、DV支援センターを中心に行われているが、中央政府だけでなく、地方政府もDVに関して何らかの政策を義務付けられている。長い間暴力を受けていると、自己決定が困難になってくるため、被害者支援は重要になってくる。


「保護命令」「接近禁止命令」など、更なる暴力を阻止する命令ができたのは重要なことだ。児童虐待とは異なり、あくまでも本人に決めさせる制度で、身体的暴力で病院に行った場合でも、被害者の意思が尊重される。


2000年に全国民に10万円の「特別定額給付金」が配られた。住民票のトップ(世帯主)は大抵男性で、暴力から逃げてるDV被害者に対して対応されてないのが問題になった。そこで、住民票の住所にいない避難者・被害者でも受け取れるという制度がかなり早い段階でつくられた。これは、日本のシェルターネットの強いロビイングにより実現された制度である。


配偶者暴力防止法

相談したい被害者が何をしたいか決められるように、どんなオプションがあるかを表すパンフレットを内閣府が作成した。DV支援センターと裁判所が支援の流れの中心になっており、シェルターや福祉事務所などの介入もオプションとしてあることが記載されている。


保護命令

「接近禁止命令(6カ月)」は、被害者の住居、その他の場所で、被害者につきまとったり周辺を徘徊してはいけないという命令だ。一方、「退去命令(2か月)」は、住居から加害者を退去させ、徘徊させないという命令だ。これらの保護命令は、地方裁判所が扱う。保護命令に違反すると、1年以下の懲役、又は100万円以下の罰金が課せられる。2001年にできて以来これまで何度か改正しており、同居中の恋人まで対象が広がったほか、身体的な暴力に加えて、脅迫にまで定義が広がった。「接近禁止命令」に関しては、被害者の子どもや親族への電話も禁止、というところにまで広がっている。


DV法の改正の動き

現在、DV法の改正の動きが出ており、主な改正ポイントは以下だ。

● 通報の対象となる暴力の範囲の拡充

● 緊急保護命令制度の導入

● 通報においても保護命令制度においても、精神的暴力も対象になる


具体的には、保護命令を出すのに10日もかかるため、もっと早く簡単に出せる制度や法律を考えている。また、被害者が逃げなくていい制度も考えているほか、保護命令違反の刑罰をもっと引き上げる、子どもを被害者として位置づける、LGBTQなどに対してもDV法がより適用されやすくなるような策を考える、などが課題となっている。


DVの形態の変化

近年、DVの形態の変化が著しい。被害者へのダメージの形態が変わって、DV自体も変わってきている。DV法制定以来の20年で、殴るなどの身体的暴力より心理的暴力が増えてきており、その背景には性的・経済的暴力がある。加害者によるコントロールが巧みになり、離婚担当弁護士に対して懲戒請求したり、民事裁判を弁護士に対して起こすこともある。より合法的に配偶者を支配する、という形態に変わりつつある。今後は、心理的暴力にもっと注目して、保護命令を出せる法制度にしていきたい。


日本の弁護士による経験の共有


刑事犯罪としてのDV罪はないという説明があったが、被害者側が刑事事件を望まないことも大きい。実際に、身体的な暴力を受けて警察が介入する事案は多いが、被害届を出さない被害者が多い。経験上、暴力を受けて被害届を出すのは単身者(子どものいないカップルの妻)などが多いが、届出自体を出す数は非常に少ないのが現状だ。


弁護士がDVの事案で関わるのは、保護命令と離婚の場合が多い。その中でも、保護命令について弁護士が関与するケースは少ない。保護命令の申立ケースが最近減少しているのが問題だが、法律的要件が限定されているため、立証が困難で申立しにくいのが理由だ。また、保護命令が加害者による報復につながる危険性があるのも、申立しない理由に含まれる。加害者による報復に関しては、日本の対策・制度が充分でないのが問題だ。保護命令が発令されても、接近禁止は6カ月なので、その後が怖いというのがある。


日本では、DVは離婚原因の一つとして位置づけられている。加害者が離婚を望まない場合、骨折などの診断書がある場合はシンプルだが、モラルハラスメントなど精神的暴力への理解はまだまだ低い。したがって、暴力が離婚原因でシェルターに逃げていても、離婚が認められないケースもある。離婚の訴訟は早ければ1年で解決するが、長ければ3年ほどの期間を要する。


質疑応答セッション


①中国の上海における保護命令を分析している。年間100件くらいあるが、その中でどうしても説明のつかないケースがある。上海では、弁護士に依頼した申立の場合は、許可される可能性が低いことが分かった。これに対して、何が原因しているかなどの推測はあるか?


応答:上海の判断の分析は分からないが、弁護士に依頼のある事件は、加害者がその事実について争っていて困難なので弁護士に頼むケースが多い。基本的には、DV支援センターが対応できる事案は、弁護士に頼まないようだ。それが難しい場合は、弁護士に依頼するケースが多い。


②自分の取り扱っている事件で、警察に通報しても埒の空かないケースが多い。被害者が通報しても、警察は何もしない。日本の警察の介入は重要ポイントということだが、日本の警察はどうして積極的に取り組むのか?警察の方向転換や仕組みについて、詳しく教えて頂きたい。


応答:「ストーカー殺人事件」のリストが示すように、一連のDVストーカー殺人事件によるところが大きい。全て元恋人による事件だ。一番Epoch-makingになった事件は、「長崎ストーカー事件」だ。千葉が発端の事件。千葉で同棲してたカップルのところへ、長崎から父親が来て2人を引き離した。被害者は無事だったが、長崎の被害者の家族が殺された。慰安旅行があるからという理由で警察が被害届を受け付けなかった経過があり、メディアで厳しく批判された。


③警察が通報を受けて現場にかけつけた場合、何か事情聴取以外にできることはあるか?警察官から警告をしてもらうなど?裁判で立証する場合は、現場にいた警官が証人になっているか?


応答:ストーカーとDVは、DVの暴力があってからストーカーがくるというパターンが多いが、日本では二つが全く別物として扱われる傾向がある。ストーカー規制法の場合は、ストーカー罪というのがあるので、ストーカー事件は全て警察が対応することになっている。まず警察が言葉で注意し、それでもストーカー行為が継続した場合は、ストーカー規制法の「文書での警告」というのがある。そのほかにも「禁止命令」を警察の上の地方公安委員会が出すことができる。禁止命令にそむくと刑罰が科せられる。このように、ストーカーとして事件になると、警察はいろいろできる。


一方、DVの場合は、警察が呼ばれた際に事実を確かめるだけでなく、警察法に基づいて、犯罪の予防的な措置のために相手に注意する方法が中心である。そのため、ストーカー規制法のように、文書の警告などの警察による措置はない。配偶者からの暴力となると、警察にできることは、被害者が逃げた後に住民票を移したら「閲覧制限」をかけたり、防犯ブザーを勧めたり、110番をかけた後に同じDV被害者だと分かるように登録する、などしかない。

一般的に警察は調書を取る。裁判になった時に調書が提出され、同意されない場合は、警察が証人として呼ばれるケースはある。DVストーカー殺人事件をきっかけに警察の対応は劇的に変わったが、被害届を受理してせっかく捜査を初めても、検察が拒否することが多いことは警察からよく聞く。


④モラハラなどは理解されてないようだが、法的論理で裁判官を説得しているか?


応答:裁判官に説明するのは、日本でも困難なことだ。現在の性犯罪に関する刑法改正の議論の中で、配偶者間でも性暴力が犯罪になることを明記する、DV法の改正で、保護命令の範囲を心理的DVにまで広げることがある。もし両方の改正がうまくゆけば、裁判官の意識も変わるのではないかと思う。


身体的な暴力は診断書があって分かり易いが、心理的暴力が誰も見ていないところで長期間起こっても、証拠を残すのは難しい。録音して証拠を集めるしかない。それと、被害者支援団体(シェルターネット)があり、交流会もあるが、そのような場所で弁護士が事件で経験した問題を共有化したりしている。また、各弁護士会で、DVの研修会もあると聞いている。最近はEラーニングのシステムで、必ずそういった研修会を受けないといけない弁護士会もあると聞いている。


⑥現場の警察官の役割が重要だと思うが、きちんと仕事しない場合もある。一般的に日本では、警察官に対して監査などしているのか?メディア向け記者会見をするなども考えられるが、日本ではどうか?


応答:日本では、問題があったとき、国を相手に裁判を起こすことはある。メディアに伝えたり、議員を使って何かするというのはあるが、被害届を受け付けないケースがあまりにも多いため、死者が出ない限りはあまり大きく報道されない気がする。公安委員会には苦情の申立ができる仕組みはあるが、あまり期待できない。警察行政に関する意見・要望を受け付ける公安委員会のようなものは、地方ごとにもある。警察法の79条をもとに、文書で苦情を申立できることになっている。ただ、DVに関する事案の苦情があって、問題が解決されたという話は聞いたことはない。


⑦講義で使われた図やデータは、日本政府が調査したものか?民間による調査もあるのか?


応答:ここでご紹介したのは、全て国による調査だ。警察でも内閣府でも、DV事案を所管しているところが調査を行うのが一般的だ。


⑧DV防止法は2001年以来何度も改正されたそうですが、今までの改正がどのようなきっかけで、どのように行われたかを詳しく教えて頂きたい。


応答:例えば、配偶者の定義が変わったとあるが、「長崎ストーカー事件」をきっかけに、同居中カップルでも保護命令の対象になった。また、身体的暴力だけでなく、それに類似する有害な言動についての改正は、法律が2001年の段階で最初から入れようとする動きもあったが、法務省が大きく抵抗した。日本では民事と刑事がきちんと分かれているため、保護命令という民事的な裁判の対応について、刑罰を科すことについて理解が得られなかったのが理由だ。そのため、まずは明確な身体的暴力のみに決定されたわけだが、それだけでは充分ではない、とシェルターネットのような被害者支援団体が改正へと動いた。親密圏の暴力を犯罪とするためのハードルは高い。DV防止法にしても、ストーカー規制法にしても、児童虐待防止法にしても、これら3つの法律は議員立法という形で作られた。


DV法は、主に女性議員たちによって作られた。1999年当時、ジェンダー平等に関する法律も出来たりして、国会議員女性たちが女性の権利について法制化する気運が盛り上がっていた時期でもある。


日本のDV法の禁止命令で問題だと思うのは、DVを理由に親権を取り上げることがない点だ。父親が子どもに会う名目で母親に近づき、子どもに会う権利を主張して、接近可能な事案が多く見られた。そこで2004年に、子どもに近づくことも接近禁止の対象にした。2007年のDV被害者の家族への電話の禁止等は、ストーカー規制法で規定されている8つの項目の一つだ。ストーカー規制法で禁止されていることは、DV法でも禁止、ということになった。ストーカー規制法では対象となっているのに、DV法が変わらないのはおかしいという論理だ。DV加害者がストーカーになることや親密圏の暴力であることから、改正が進んでいるストーカー規制法を引き合いに出して議論をすることが多い。

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今回の勉強会を通して見えてきたのは、ドメスティック・バイオレンスは犯罪であるという認識が中国でも日本でもまだまだ低く、DV犯罪を裁くための法律や被害者の支援体制が不十分といった現状です。しかし、法律の制定や改正などに見られるように、少しずつ前進を遂げていることも事実です。それは、犯罪や人権侵害の被害者が救われる世の中にしたいという人々の想いや努力の成果であり、平和で安全で公正な社会を築くためには欠かせない大切な要素として、今後も受け継がれるべきではないでしょうか。


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